【アストラルvsシャロン】

 ワーズワースの石版と呼ばれる、光と影の領界を隔てていた石版が砕け散った。光の一族は影の一族が砕いたのではないかと考え、影の一族は光の一族が砕いたのではないかと疑った。
 疑惑は確信へと転じ、光と影の戦いが始まった。


 影の一族の王・ウォトシーカの息子であるアストラルは、もぐらいじめが趣味の弱虫王子と呼ばれていた。しかし一念発起してこの長きに渡る戦いに加わり、強さと名声を上げていった。それでも美しき許婚であるシャロンは中々アストラルの実力を認めようとしない。
「なんでシャロンは僕のこと認めてくれないのさ!」
「アストラルが弱いからに決まってるでしょ!」
 アストラルの言葉にも、シャロンは一歩も退こうとしない。
「・・・それなら、僕と戦ってよ!」
「いいわよ! 実力で叩きのめしてやるんだから!」
 シャロンはその場で戦いを始めかねない勢いだったが、王の側近であるテッシオがそれを止めた。
「二人とも我が影の一族切っての勇者。本気で戦ってはどちらかが命を落としかねません。ですので私が過去の文献を調べて、こういう場合に相応しいルールを探しましょう。そのルールで戦われては如何ですかな?」
 アストラルもシャロンも殺し合いは本位ではなく、テッシオの提案を受け入れた。
 テッシオはウォトシーカの許可を得て、アストラルとシャロンの戦いの準備を始めた。


 それから一週間が費やされ、ようやく準備が整った。
 大広間には約6m四方の四角く、床から一段高い舞台が組み上げられていた。舞台の四隅には太い鉄の棒が立てられ、その鉄棒の間には伸縮性のある太い紐がそれぞれに三本ずつ渡されている。また鉄の棒の前には真綿が詰められた棒が設置されている。
 舞台の周囲には物見高い影の一族が集まり、まるでお祭りのような雰囲気だった。

 既に舞台にはアストラルとシャロンが上がっていた。アストラルは上半身剥き出しで、水着のような短パンと脛までを覆う靴を履いている。実戦で鍛えられた身体は意外にも筋肉質で、影の一族の女性から黄色い歓声が上がる。
 対するシャロンは、まるで下着のような面積の少ない衣装だった。胸と股間は隠されているものの、背中、お腹、腰、太ももなどが露わになっている。
「・・・ちょっとテッシオ。なによこの衣装」
「戦いのための衣装ですがなにか?」
「『なにか?』じゃないわよ! なんでこんな露出度の高い衣装を着なきゃいけないのよ!」
「それはこの『プロフ・レッスル』の正式な衣装ですぞ。文献で調べたことに文句をつけてはいけません」
 テッシオの真面目くさった表情に、シャロンもそれ以上は抗弁しなかった。呆れ返って声も出なかったのかもしれない。男性の観客からは、シャロンの見事なプロポーションに賞賛の拍手や指笛が鳴らされていた。

 テッシオがアストラルとシャロンを呼び寄せ、戦いのルールを説明する。
「ルールですが、顔面へのパンチはなし。金的への攻撃もなし。凶器の使用もなし。相手を押さえ込んで3つカウントを取れば勝ち。宜しいですな?」
「そんなルールで本当の強さなんか・・・」
「それでは、試合、開始!」
 シャロンの言葉など聞き流したテッシオが試合開始を告げると、リング下に陣取っていた馬面のスタリオンが小さな木槌で、金属製の平べったい小さな鐘を叩いた。

<カーン!>

(試合開始って言われても、どうやって攻撃したらいいんだろ。シャロンを本気で蹴ったりしたら可哀想だし、後が恐いし・・・)
 戦いを切り出したのは自分のくせに今更悩むアストラルに対し、シャロンは容赦なく攻撃を繰り出す。剣士であるシャロンだったが、見事な蹴り技でアストラルを追い込んでいく。
「うわぁ、危ないよシャロン!」
「戦いの最中に何言ってるのよ!」
 鋭いシャロンの蹴りだったが、アストラルはぎりぎりではあるがかわしていく。
「この、ちょこまかと!」
 シャロンが蹴りを放つたび、シャロンの衣装の下のバストが揺れる。影の一族の男達はその魅力的な揺れに目を奪われていた。
「ええいっ!」
 シャロンが右足でのハイキックを放ち、かわされたと見るや左足で飛び後ろ蹴りを放つ。
「うひっ!」
 華麗な奇襲だったが、アストラルはまたもやぎりぎりで避けて見せる。
「あれ?」
 しかしバランスを崩し、シャロンに抱きついてしまう。
「うわわ」
「きゃっ!」
 アストラルに抱きつかれたシャロンもバランスを崩し、二人はそのままリングへと倒れ込む。
「いてて・・・ってあれ、痛くない」
 アストラルは顔面をぶつけたものの、まるで痛みを感じなかった。それどころか気持ちよさを感じる。この気持ちよく、柔らかな膨らみが倒れた衝撃を吸収してくれたらしい。
「なんだろ、この柔らかいの・・・」
 顔に触る暖かく柔らかなでっぱりを、両手で掴んで確認してみる。
「ふにふにしてるけど弾力があるなぁ。触ってても飽きなくて、いつまでも触ってたくなる」
「・・・わざとやってるでしょ」
 その低い声が聞こえた方を見ると、夜叉のような面相になったシャロンの顔があった。
(え、ってことは僕が掴んでるのは・・・シャロンのおっぱい!?)
「うわわ、ごめん!」
 アストラルの心はすぐに離れようとしたが、男の本能がそれを拒否した。その矛盾は、とんでもない結果となって現れた。

(ビリィィィッ!)

「え・・・きゃーーーっ!」
 アストラルが衣装を掴んだままシャロンから離れようとしたため、衣装が破れてシャロンの美乳が露わとなっていた。突然の嬉しいハプニングに、観客席が大いに沸く。
「な、な、な・・・なにするのよっ!」
「いや、わざとじゃないんだよシャロン、ホントに」
 両手を振りながらあとじさるアストラルに、胸元を隠したシャロンが詰め寄る。
「信じられるわけないでしょう! この・・・ドスケベッ!」
 シャロンの怒りのハイキックがアストラルの顔面を捉え、アストラルはその場に崩れ落ちた。シャロンはそのままアストラルを押さえ込む。
「ワン、ツー、スリー!」

<カンカンカン!>

 テッシオがリングを三度叩くと、それが合図だったのかスタリオンが小さな鐘を乱打する。
「勝者、シャロン!」
 テッシオが指先まで伸ばした右手をシャロンに向けて勝利を宣言するが、当の本人はテッシオなど見向きもしなかった。
「まったく、覗きだけじゃなく痴漢までするなんて。今度こういうことしたら息の根を止めるからね!」
 シャロンは胸元を隠したままアストラルを睨みつけ、観客の間を縫って退場していった。時折怒号が響くのは、どさくさに紛れてシャロンにタッチする不届き者がいるかららしい。
 もうすぐ大広間を抜けようかというところで、シャロンの前に人影が立った。
「シャロン、見事な勝利だったね。どうだい、これから僕と二人きりでお祝いを・・・」
「邪魔っ!」
 キザなポーズでシャロンに語りかけようとしたカイザーだったが、シャロンに蹴り飛ばされた。
「な、なぜ・・・」
「貴方もどうせ厭らしいこと目当てでしょ? 男なんて皆最低!」
 シャロンはカイザーを踏みつけ、大広間を後にした。

「アストラル様、大丈夫ですかい?」
 骸骨のモンスターであるカトラが心配そうに、まだ横たわったままのアストラルの顔を覗き込む。
「うわっ、骸骨! ってカトラか・・・あいてて。シャロン、手加減抜きのキックだったね。まだ痛いや」
 蹴られた箇所を擦り、アストラルがぼやく。
「アストラル様がシャロンの胸を揉んだりするからですぜ。ほら、手を貸します」
「ありがと」
 アストラルはカトラが差し出した手を掴み、ようやく立ち上がった。観客からはアストラルに(シャロンの胸を見せてくれたことへの感謝の)拍手が沸き起こった。

 リングを降り、大広間を後にしようとしたアストラルの前を誰かが遮った。
「アストラル様・・・」
「あ・・・」
 アストラルの前に立ったのは獣族のニーナだった。その目は怒りを湛え、獣耳がピンと上に張り詰めている。
「私以外の女の人の胸を揉むなんて・・・アストラル様の、ばかーーーっ!」
 ニーナの振りかぶられた右手が、アストラルの頬を張り飛ばした。
「アストラル様! 大丈夫ですかい!?」
 勢いよく吹っ飛んだアストラルに、カトラが慌てて駆け寄る。そのときにはもうニーナは大広間を走り去っていた。
(ううっ・・・女の子って、恐いや・・・)
 暫くは女性不信になりそうなアストラルだった。



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